パソコンサーバを対象にした仮想化技術が脚光を浴び始めた5年あまり前、ディスクのI/O処理などでオーバーヘッドが生じるとの指摘があったことは事実です。加えて、ネットワーク経由で仮想化したITリソースを利用するクラウドサービスは、システムの性能や信頼性を維持するのが容易ではないと警鐘を鳴らす声もありました。
この種の懸念は現在も根強く残っています。すべての社内システムをクラウドに移行し、運用の負荷軽減やコスト最適化の効果を手にする企業が確実に増えている一方で、クラウド化に二の足を踏む企業が今なお存在する一因になっていることは事実です。
日経BP社と日経BPコンサルティングが定期的に実施している調査の結果をみると、クラウドに対するユーザ企業の不安は残念ながらあまり解消されていません。不安材料の中でも飛び抜けて大きいのはセキュリティに関するものですが、「何か問題があっても責任を負えない」や「障害発生時に迅速に対応できない」のように、性能及び信頼性に対する不安も多く、2011年から現在まで目立った減少傾向を示していません。
こうした不安要素は、クラウド化に二の足を踏む企業が今なお存在する一因になっていることは事実です。しかし、すべての社内システムをクラウドに移行して運用の負荷軽減やコスト最適化の効果を手にする企業が確実に増えてきた今となっては、いずれもクラウドに関する典型的な「誤解」に変わったと言えます。
まず、クラウド化した際の処理性能や信頼性について誤解を解いていきましょう。
サービス提供実績が豊富なクラウド事業者はこのところ、基幹系システムにも耐え得る性能や信頼性を前面に打ち出し、サービスラインアップの再編成と拡充を進めています。これからクラウド化に取り組む企業は、例えばパブリッククラウドにおいて少し前まで一般的だった「ベストエフォートタイプ」だけでなく、性能を保証するメニューやITリソースを1社で専有するメニューを選択できます。
前者はハイパーバイザによるオーバーヘッドをあらかじめ考慮すると共に、仮想マシンに割り当てるプロセッサとメモリを保証しているため、高い性能の確保が可能になります。後者は、汎用性が高いパブリッククラウドにも関わらず、サーバに搭載したプロセッサやメモリを文字通り専有し、リソースの処理能力を1社単独でフル活用できます。
プライベートクラウドに関しては、ハイパーバイザを搭載して提供するサーバそのものの性能上限を引き上げたメニューが出てきました。具体的には、従来は最大12個までしか選べなかったサーバのプロセッサコア数を24個まで拡充。将来的には、48コア以上を備えるサーバの提供も計画されています。
言うまでもありませんが、仮想マシンに割り当て可能なリソースが多くなれば、クラウド化したシステムの負荷が高まっても処理性能の維持が期待できます。仮想マシンに割り当てるプロセッサを増やすことで、高負荷時に物理サーバとほぼ同等の性能を保てることは様々な検証実験で確認されています。
続いて、ネットワークの運用を巡る懸念が解消できた最大の理由をご説明しましょう。キーワードは「SDN(Software Defined Networking)」と「NFV(Network Function Virtualization)」です。
少し前まで、クラウド化したシステムの構成を変更する際、サーバのプロセッサやメモリの容量はクラウドの管理画面から変えられるのに、ネットワーク環境はルータやファイアウォールの設置や入れ替え、設定変更、ケーブルのつなぎ替えといった作業が必要でした。ハイパーバイザ上の仮想マシンとして稼働するサーバと違い、ネットワーク機器は仮想化されていなかったためです。この問題を抜本的に解決するため、急ピッチで整備が進められてきたのがSDN/NFVです。
SDNやNFVを直訳しても、どういったものかイメージしにくいかもしれません。ここではシンプルに、「ネットワーク機器の機能をソフトウェアで実現する最新のクラウド技術」だと考えてください。
具体的には、SDN/NFVはルータの機能を備えた仮想マシンを用意し、クラウド上への迅速な展開を可能にします。ファイアウォールやVPN(仮想プライベート網)、リモートアクセスなどの機能が必要な場合は、それらの機能を担うソフトウェアを仮想マシンに追加することで、クラウド上のネットワーク機能を柔軟に拡張できます。サーバのプロセッサやメモリを調達するのと同じように、ネットワーク機能も必要な時に必要なだけ手に入れられるわけです。
SDN/NFVにはもう1つ大きな利点があります。複数の事業所を接続するWANの管理負荷軽減です。クラウド事業者の中には、ルータ機能を持つ仮想マシンと連動する専用装置を無償提供しているところがあります。この専用装置をすべての事業所に設置すれば、サーバやストレージと同様に企業のネットワーク全体をクラウドの管理下に置いて制御できるようになります。
いかがでしょう。ご懸念は晴れましたか?
最後に、ネットワークに関連して、クラウドサービスの選定時に見落としがちなポイントについても触れておきたいと思います。
ご存じの通り、クラウド化したシステムはネットワーク経由で利用します。そのため、サーバやストレージといったインフラがいくら高性能でも、企業から事業者のクラウドに接続する通信回線の帯域幅が狭ければ、クラウド化したシステムの性能を低下させかねません。
そうした事態を避けるため、多くのユーザが使うシステムや複数のシステムをクラウド上に移行する企業は特に、クラウド用のバックボーン回線を含め、事業者が用意しているインフラ全体を評価した上でサービスを選ぶことをお勧めします。