「IIJセキュリティ教習所」は…
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AIの普及は、業務の効率化や新たな価値創出を後押しする一方で、サイバー攻撃の手法や対策にも変化をもたらしています。本コラムでは、AIの活用がセキュリティ領域に与える影響と、今後求められる考え方について解説します。
生成AIの普及により、情報検索や文章作成などが効率化される一方で、こうした技術を悪用したサイバー攻撃も増加しています。生成AIをはじめとするAI技術は攻撃側・防御側の双方で活用が進んでおり、攻撃手法や防御対策はますます高度化しています。その主な例を以下の表に示します。
| AIによる「攻撃」の高度化の例 | AIによる「防御」の高度化の例 |
|---|---|
| 指定した言語に最適化された(不自然な表現が少ない)フィッシングメールを短時間で作成する | 自然言語処理を用いて、多言語環境でも文脈に基づき、不審なメールやWebサイトを検知する |
| 簡単な指示だけでフィッシングサイトや不正プログラムを作成・改修する | Claude Security(※1)などのツールによりソフトウェアの脆弱性を自動で検出、修正内容を提案。人間が確認した上で承認する |
| AIエージェント(※2)が偵察や脆弱性の悪用、データ窃取といった攻撃プロセスの大部分を自律的に実行し、人間は開始と節目の承認のみ行う | AIエージェントがセキュリティアラートの検知・分析、担当者への通知、インシデント概要の生成、ログ収集などを自動化し、必要に応じて人間の判断のもとで脅威への対処を実施する |
(※1)Claude Securityとは、AIを用いてソフトウェアのソースコードをスキャンし、脆弱性を発見し修正まで行うツールのこと。
参考:From scan to fix, done seamlessly(Anthropic社)
(※2)AIエージェントとは、人間が示す目的に応じて、メールやファイルなどから必要な情報を自動で収集し、その内容を解析・把握した上で「何をすべきか」を自ら判断しながら行動することで、人間の活動を支援するソフトウェアやシステムのこと。
特にサイバーセキュリティ分野で注目されている事例として、2026年6月にAnthropic社が発表したClaude Fable 5とClaude Mythos 5があります。このうちClaude Mythos 5は現時点では一般提供されていないツールですが、同社の説明によれば、ソフトウェアの脆弱性の発見や、それを悪用するコードの生成といったサイバーセキュリティ関連タスクにおいて高い能力を示すことが報告されています。ゼロデイ脆弱性の特定や、それを利用した攻撃の実行が可能であることも示されており、経済・国家安全保障に影響を及ぼす可能性があると指摘されています(※3)。
こうした動向を踏まえ、日本では金融庁が主導して政府や主要銀行等との官民連携会議を開催するなど、当該ツールに限らずAIとサイバー攻撃・防御の全体像に関する議論を活発化させています。2026年5月18日には、これらの対応強化の一環として、国家サイバー統括室が重要インフラ事業者等、政府機関等、ソフトウェアベンダ向けの注意喚起(※4)を公表するなど、政府一体での対応が進められています。
なお、Claude Mythos 5とこれに安全のための制限を加えた一般公開用のClaude Fable 5は2026年6月9日にリリースされました。しかし、Anthropic社の発表によると、国家安全保障上の懸念から米国政府により輸出管理指令が発出され、外国籍者によるアクセス停止が求められました。その結果、Anthropic社はリリースから3日後に、全顧客を対象に両モデルへのアクセスを一時停止しました(※5)が、その後、安全対策の更新や米国政府との協議を経て2026年6月30日に輸出管理措置が解除されました。様々なメディアではこれらのツールが大きく報じられていますが、これに限らず同様の能力は他のAIでも実現される可能性があり、個別のツールではなく技術全体としての動向に注意が必要です。
(※3)参考:Project Glasswing(Anthropic社)
(※4)参考:AI 性能の高度化を踏まえたサイバーセキュリティ対策の強化について~Project YATA-Shield~(国家サイバー統括室)
(※5)参考:Statement on the US government directive to suspend access to Fable 5 and Mythos 5(Anthropic社)
このような高度なAIの登場は、個別のツールの問題にとどまらず、ソフトウェア全体の脆弱性管理のあり方にも影響を与えます。AIの進化により脆弱性の発見速度は大幅に向上すると考えられます。ソフトウェアベンダーによるパッチの開発と提供、利用者によるアップデート適用といった一連のサイクルの高速化が、これまで以上に重要です。
そのため、ソフトウェアベンダー側には継続的な情報収集が求められます。更に、AIを活用した脆弱性検査を行い、早期にパッチをリリースすることが必要です。一方で利用者の観点で取るべき対策は大きく変わりませんが、資産管理、脆弱性対策、インシデント対応といった運用の迅速化・継続性がこれまで以上に重要です。特にシャドーITの放置やパッチ未適用のシステムへの対応の遅れはリスクを増加させるため、正確かつ迅速な運用が求められます。
攻撃側の動向が注目されがちですが、防御側でもAI活用が進んでいる例として、OpenAI社のDaybreak(※6)というサイバー防御プログラムが公開されています。ソフトウェアの脆弱性検出からパッチの作成・検証までを開発プロセスに組み込み、リスクの早期発見と迅速な対応を実現する仕組みとして、AIを活用した防御の今後の発展が期待されます。
(※6)参考:OpenAI Daybreak(OpenAI社)
Claude Mythosのような人間の能力を大きく上回る可能性のある高度なツールが複数登場しており、現在の技術水準を踏まえると「すべてをAIに任せたい」と考えられがちですが、そのようなことは現時点では必ずしも現実的とは言えません。
ここで、自動運転車について考えてみましょう。自動運転車には、すでに実運用されているものもあれば、実証実験の段階にあるものもあります。多くの車両では従来の車と同様にハンドルやブレーキによる手動操作が可能であり、システムに異常が生じた場合には人が介入できる仕組みが残されています。人命に関わる事故のリスクを考えると、依然として過渡期にある技術だと言えるでしょう。
同様に生成AIにおいても「AIが生成したコンテンツには誤りが含まれる可能性があります」といった注意書きを目にすることがあります。これは出力結果が学習データに基づく確率的生成であり、必ずしも正確性を保証しないことを意味します。このため、現時点ではAIが人間と同様に自律的な判断を適切に行うことは困難です。オペレーションミスのリスクなどを踏まえると、適切なタイミングで人が判断を下すことは、今後もしばらく重要であり続けると考えられます。
こうしたAIの特性を踏まえ、単に依存の可否で捉えるのではなく、AIと人の役割分担を明確にした上で活用することが重要です。例えば、大量のデータ分析や異常検知といった処理はAIに委ねることで効率化を図ることができます。
一方で、すべてのケースにおいて自動的に正確な判定が可能となるわけではありません。そのため、任せるべき領域は任せつつ、結果の解釈や最終的な判断については人が担うといった統制を維持する運用が求められます。こうした役割分担の考え方は既にセキュリティ製品にも組み込まれており、その代表例の1つがAI搭載型EDR(Endpoint Detection and Response)です。
以下の図に示すように従来のアンチウイルス製品は、あらかじめ登録されたマルウェアの動作やパターンに一致するものを検知・遮断する方式が主流でした。しかし、正規のプログラムや標準コマンドを悪用するLOTL(Living Off The Land)と呼ばれる攻撃手法では、正常な動作とみなされやすく、検出が難しいという課題がありました。

従来の攻撃とLOTL戦術を用いた攻撃の違い
これに対しAI搭載型EDRでは、AIによる挙動分析を活用し、プログラムの実行やファイル操作、ネットワーク通信などの時系列データを特徴量として学習します。それにより、通常の運用から逸脱した挙動を異常として検知し、不審なプロセスの停止や、ファイルの隔離といった対応が自動で実行できます。こうした特性から、LOTLに対しても、EDRの検知結果に人の判断を組み合わせることで、一定の有効性が期待できます。
一方で、AIによる検知は、過去に収集されたログやアラートを学習データとしている点に注意が必要です。組織固有の運用の実態や、長期間放置されてきた設定不備・運用上の特性がある場合、それらが前提条件としてAIに取り込まれてしまう可能性があります。
また、EDRも万能ではありません。高度な攻撃者はBYOVD(Bring Your Own Vulnerable Driver)(※7)などの回避手法を用いることがあります。更に正常と異常の境界が曖昧な運用を学習している場合、攻撃を見逃す「偽陰性」や正常な動作を誤って阻害する「偽陽性」のリスクも高まります。
このような背景から、LOTLは正常な挙動との区別が難しいため、AIによる検知だけでは判別が困難な場合もあり、業務の文脈を踏まえた人による判断が重要となります。
(※7)BYOVDとは、攻撃者が脆弱なドライバを持ち込み、それを悪用することで、より強い権限を得て目的を達成する攻撃手法のこと。
AIの発展により脅威の自動化・高度化が進む中、自動検知と人間の判断を組み合わせても見逃されるケースが増加傾向にあります。このような状況に対応するため、スレットハンティング(脅威ハンティング)が注目されています。 スレットハンティングでは、従来のセキュリティ製品や対策では検知できない脅威に対し、システムやネットワークのログを「能動的に」調査・分析し、兆候を発見します。主な目的は以下のとおりです。
2025年12月に閣議決定されたサイバーセキュリティ戦略(※8)では、日本においてスレットハンティングが十分に浸透していない現状が指摘され、その普及・促進の必要性が述べられており、能動的サイバー防御を実現する手段の1つとしても位置づけられています。
(※8)参考:サイバーセキュリティ戦略(国家サイバー統括室)
スレットハンティングは膨大な量のログを扱うため、以下のような手順に沿って実施することが一般的です。
ツールの操作やログの分析には知識と経験が必要であり、短期間で習得できるものではありません。「このログが何を意味するのか」「どのようなログを取得すべきか」といった基礎的な知識は、外部ベンダーを活用する場合にも重要な要素です。
高度化・巧妙化するサイバー攻撃に対しては、AIを活用したセキュリティ製品や自動検知の仕組みを有効に使うことが重要です。しかしAIによる検知は学習データや運用状況に依拠するため、環境固有の前提条件に埋もれた脅威や長期間潜伏するような攻撃は見逃してしまう可能性もあります。
そのため、こうした「自動検知だけでは補いきれない領域」に関しては、人が主体となって状況を判断し、ログを能動的に調査するスレットハンティングの考え方が重要です。
IIJではIIJ C-SOCサービスの一部のプランとしてスレットハンティングによる遡り調査を提供しています。また、人材育成の観点から、IIJセキュリティ教習所に以下のような研修を用意しています。
その他、以下の研修は経済産業大臣から情報処理安全確保支援士(登録セキスペ)特定講習として認定されています。
AIによるインシデントの検知は非常に強力ですが、学習データや運用の実態に依存するといった特性をもっています。また、攻撃者がAIを悪用することで攻撃は更に高度化・迅速化しており、限られたリソースの中ですべての攻撃を完全に防ぐことは容易ではありません。そのため、簡易的な形であっても能動的な調査を行い、自組織の健全性を継続的に確認することが重要です。
AIを前提とした環境においては、AIを適切に活用しつつ、人が最終的な判断を担う体制の構築も欠かせません。
AIはビジネス創出やセキュリティ確保のために世の中から切り離せない存在となりつつあります。IIJではAIを事業運営そのものの基盤技術として組み込み、AIを前提としたサイバーセキュリティ対策を実現してまいります。また、教育部門としても、AI時代に適切な判断を下せる人材を育成できるよう、限られた時間の中でも効率よく知識・技術を習得いただくための工夫を続けてまいります。
気になることがあればお気軽に