DXの進展により、情報システム部門は企業の成長において鍵を握る存在となりました。これまでの「業務支援」的な位置から、事業成長を促進する役割が求められています。
このような変化の中で課題や悩みを抱える情シスの皆さんへのヒントを探るため、“武闘派CIO” として知られるフジテック株式会社 専務執行役員の友岡 賢二氏をゲストに迎え、「DX時代の情シスが事業成長に貢献するための思考法 ~Why DX? 事業の目的は何か?~」と題したセミナーを開催しました。本記事ではこのセミナーの模様をお届けします。
フジテック株式会社 専務執行役員 デジタルイノベーション本部長
友岡 賢二 氏 @TomookaKenji
早稲田大学商学部卒業後、1989年松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)入社。独英米に計12年間駐在。株式会社ファーストリテイリング 業務情報システム部 部長を経て、2014年フジテック株式会社入社。一貫して日本企業のグローバル化を支えるIT構築に従事。
友岡氏は、パナソニック株式会社や株式会社ファーストリテイリングを経て、現在はフジテック株式会社でCIO・CDOを務める人物です。日本企業のCIO設置率を高めるべく、様々な講演やメディアでの発信を積極的に行っているほか、NPO法人 CIO Loungeや一般社団法人コミュニティマーケティング推進協会の活動にも携わるなど、その活躍は多岐に渡ります。
友岡氏による基調講演では、DXの理解を高めるためのポイントから、陥りがちな壁とそれを乗り越えるための戦略、更には推進時に意識すべき具体的な立ち回りの極意まで、情シスの皆さんへの実践的アドバイスが語られました。
友岡氏:
DXについて考える前に、そもそもDXとは何か?を理解しておきましょう。この答えは、経済産業省が次のように定義しています。
つまり、現状を変革してビジネスで”勝つ”ことであり、勝つためにどうするべきかを考えなければなりません。
そして、DXを成功に導くためには「経営者」「事業部門」「IT部門」が三位一体となり、「組織戦略」「事業戦略」「推進戦略」を展開していくことが重要です。
長くITに携わっている方の中には「BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)が話題になった時にも似たような議論があった」と感じる方もいるかもしれません。BPRは既存のビジネスを改革するものでしたが、DXは新しく事業を創り出すという点で異なります。スピード感をもって、短期間で新しい取り組みをリリースしていく必要があるのです。
こうした中で、業界構造も変化していきます。これまでの大企業を中心にピラミット型の階層をもつ構造から、あらゆる企業がプラットフォーム上でフラットにつながるネットワーク型の構造への変化です。個々のすり合わせによる効率化を目指す時代から、皆でデジタルを活用してつながりの中から新しい価値を作っていこうという流れへの変化です。
先ほど述べたように、「経営者」「事業部門」「IT部門」が三位一体となりこのような流れへ対応していかねばならないと分かってはいても、皆さんが経営者に対して、自らの口でDXについて語るように働きかけるのは、難しいことなのではないでしょうか。
そのような場合には、経済産業省が発表した「DXレポート2.2」で提示された「デジタル産業宣言」も参考にしてください。この宣言は、デジタル産業のあるべき姿をふまえ、その実現に向けた行動指針をまとめたものです。また、DX推進を評価する4段階の基準と、「DX認定」や「DX銘柄企業選定」といった認定制度もあります。最初の段階である「DX認定」を受けるには、各企業の経営者が自らDXを自分化して、DXへの取り組みを経営のアジェンダとして宣言してもらうことが必須です。こうしたDX推進を促すための筋立てを整備していますので、ぜひ活用してください。
ここまで述べたような大きな流れの中でDXに向き合う皆さんに、DXを阻む4つの壁についてお伝えしたいと思います。
DXを推進していく際には「テクノロジー」「ビジネス特性」「行動規範」「カルチャー・価値観」の4つの壁があると感じます。
「テクノロジー」は、ITすなわちツールであり、「ビジネス特性」はビジネスプロセスです。「行動規範」はルールとして明文化されているもの、例えば法律や社内制度などを指します。また「カルチャー・価値観」は明文化されてない暗黙知のことです。
これら4つの壁のうち、「テクノロジー」と「ビジネス特性」はこれまでのIT化で扱ってきた領域であり、情シスの皆さんも得意な分野だと思います。一方「行動規範」や「カルチャー・価値観」の改革は、初めて挑戦することになる方も多いのではないでしょうか。
これらの4つの壁を理解していただくために、分かり易い例として「在宅勤務」をご説明します。
在宅勤務をはじめた当初は、「パソコンが足りない」とか「ネットワークが繋がらない」といったテクノロジーの壁に直面したのではないでしょうか。これが解消されると、次は「自宅でパソコン作業ができるようにはなったけれど、印鑑や紙を必要とするプロセスがあるので会社に行かなければ」といった課題が出てきて、ビジネスプロセスを変えなければならないフェーズになります。おそらく多くの企業は今ここに取り組んでいるのではないでしょうか。
更にその先には、人事制度や勤務管理ルールなどの整備が必要となります。特に大企業ではルールが厳格に定められていることが多く、ここを変えないと自由度が高まらない構造となっています。そして最後はカルチャー・価値観の問題です。「在宅勤務できる制度があるのに、部長が出社しているから在宅勤務しづらい…」といった状況がこれにあたります。
スタートアップ企業やトップダウン型の中小企業であれば、実は簡単に会社を変えられる可能性があります。熱量溢れるトップが「我々はこう変わるんだ」と強烈な価値観を打ち出せば、テクノロジーとカルチャーの力であっという間に会社が変わる、という状況が起こり得るのです。これに対し、大企業におけるDX推進は難易度が高いケースが多いです。
経済学の用語で「経路依存性」といいますが、過去からの経緯で社内制度やルールが「規程」として明文化されているので、最初に個々の「規定」を変えなければなりません。社内制度を見直すことによってプロセスが変わり、新しいテクノロジーが使えるようになる、という流れです。こうして社員の日々の行動が変わった結果として、カルチャーや価値観が徐々に変わっていくのです。
自社のカルチャーや行動規範を考慮せずに、例えば「AIで何かやろう」などと最新のテクノロジーを突然取り入れようとすると、組織内でハレーションが起きて抵抗勢力が生じてしまうという状況に陥ることがあるので注意が必要です。
重要なことは、自社の持つカルチャーや行動規範を理解し寄り添うことです。「自社の最も重要視する顧客提供価値は何か?」という問いに、社員全員が“そうだ”と言い切れる価値観を軸に発想することです。その価値観に基づいて、すでに行動規範やルールが決まっている領域のプロセスそのものをデジタルでモダンにしていくことが、成功への第一歩となります。一気に入れ替えるのではなく、改善を繰り返し、徐々にアップデートしていくようなアプローチをお勧めします。
当社の場合は、エレベータやエスカレータといったお客様の空間移動を支える都市インフラを提供しています。「お客様の“安全・安心”を守る」という価値観は従業員全員が賛同する会社を支える基本的な価値観です。例えば大規模地震発生時には、まずはお客様の安全を確保する。そして停止したエレベータやエスカレータを速やかに復旧する。こういったプロセスをデジタルでより良いものに磨き上げる取り組みに、社内で抵抗勢力が生まれようがなく、従業員全員が賛同して取り組みを進めています。
このように、DXの戦略ストーリーを作る際には、まず皆さんの会社の存在目的が言語化された「経営理念」に立ち返ってそこから発想をスタートしてください。自社の社会における存在目的と顧客提供価値を再確認し、経営理念を中心軸に据え、そこから導き出される最も重要視すべきカルチャーや価値観が何かを考える。DXにおける変革とは、自社の最も中心的な顧客提供価値に寄り添い、その価値を高めるために必要な改革を断行するということなのです。
更に申し上げたいこと、それはDXを考える際の主語は「事業」であり「顧客」です。この点を見誤ってはいけません。
「自社の顧客」とは誰か。フジテックの場合は、建設の段階では施主、建設業、設計事務所の方々がお客様となります。例えばそれがマンションだとすれば、建設終了後にアフターサービスが始まりますが、その際はマンションの管理組合や管理会社がお客様になります。そして更に、マンションにお住まいの方がエレベータのご利用者様としてお客様となります。このように「顧客」と言っても、これだけの広がりがあります。自社のDXの取り組みを考える際に、誰を「顧客」としてフォーカスすべきかをきちんと定義する必要がありますし、漠然と「顧客」を考えるのではなく、解像度の高い絞り込みが必要です。DX戦略立案における「顧客」設定は非常に重要な意思決定です。自社のDX戦略の「顧客」設定が社内の部門である場合は、再度自社の事業としての「顧客」に設定し直す作業を行ってください。
DXにおける主語と事業における主語を一致させる。そしてそれはすなわち、事業の顧客そのものです。顧客も細かくセグメントをしていき、どの顧客に対して、どのような価値提供をするためにDXを推進するのかを考えてください。それは事業の軸をより強く、太く、拡張していくものになります。こうした戦略ストーリーを作ることが重要なのです。
「Why DX?」は「Why 事業?」と同じ問いです。何のために事業をしているのかを深く考察しなければなりません。私も長らく情シスで働いてきたので皆さんの気持ちがよく分かるのですが、これまで情シスは社内ユーザから出てきた要望(「WHAT」)に対応することが多く、「WHAT」を自ら考える機会もあまりなかったのではないでしょうか。しかしこれからは「WHAT」だけでなく、なぜそれをやる必要があるのかという「WHY」も自ら考えなければならず、非常に抽象度の高い、経営レベルでの思考と戦略づくりが求められています。事業を軸に顧客に思いを寄せながら、DXの戦略ストーリーを自分の口で語れるようになっていただきたいと思います。
ここからは少し趣向を変えて、DXなど変革を起こそうとするときに目の前に現れる困難への上手い立ち回り方として、7つの極意をお伝えしたいと思います。
新しい技術を試してみようとすると、社内から心配の声があがるというケースも多いでしょう。「よく分からないことしているな?」という声に対して「いや、ちょっと新技術を検証(PoC)しています」と言うと、それならばまあいいかと許してもらえることがあります。周りの心配が安心に変わるまでの間、ひたすらPoCを続ける。どこまでもどこまでもPoCを続けている間に社内での普及と理解が進み、「便利だからいいんじゃない」と認められるようになれば大成功です。
ご自身がまだ強い権限を有していない方におすすめの方法で、私が若い頃に良く使ったやり方です。何かまったく新しい取り組みを開始しようとするときに、これまでのやり方とは真っ向から対立するようなケースが発生します。そのような対立の矢面に立たされるのは辛いものです。そうしたときに、「いや、この人に言われてやっているんですよ」と影響力ある人の背中に守ってもらう作戦です。メーカでいうとR&Dやマーケティング、企画部門の責任者の方が予算権限と社内影響力を持っています。クラウドの普及初期に、情シスの定めたポリシーの外側で(シャドーITのような形で)、R&Dやマーケティング部門主導でクラウド化が進んだケースも非常に多かった。イノベーションを進めるためには社内政治との折り合いも必要なのです。
大手企業がシリコンバレーにオフィスを作ったり、地方のメーカが銀座にオープンスペースを作ったりする例があります。これらは、本丸(本社組織)とは別のカルチャーを持った身軽な組織を出島につくるために行っています。ただし、出島作戦は失敗するケースもあります。出島というのは、本土と橋で繋がっているもので、この「本土との繋がり」がとても重要なのです。繋がっていないと離れ小島になってしまい、本丸に対して. . .
この続きでは、「友岡流DXハック 立ち回り方の極意 7選」に加え、視聴者の皆さんからいただいた質問にお答えするQ&A・トークセッションの様子をご覧いただけます。
Q&A・トークセッション 質問例