医療MaaS(Mobility as a Service)が実現する未来

自動車の利活用のあり方が大きく変わろうとするなか、新しいサービスが創出・試行されている。
ここではその一例として、医療MaaS(Mobility as a Service)を取り上げる。

株式会社フィリップス・ジャパン
戦略企画・事業開発 シニアマネジャー
佐々木 栄二 氏

目次
  1. 「自動車の大革命時代」が到来
  2. 医療領域におけるMaaS
  3. 医療MaaSの実用化に向けて
  4. 事業化に向けた今後の取り組み

「自動車の大革命時代」が到来

驚くほどのスピードで世界は変化しています。自動車産業においても、「コネクティッド」「自動化」「シェアリング」「電動化」などの技術革新によって、百年に一度の大革命が起きていると言われています。この革命を通じて、ヒトが自動車を保有する時代は終わり、「MaaS:Mobility as a Service(移動に関わるサービス)」を利用する時代が来るのです。

MaaSは発展中のサービスであるため、国や事業者によって言葉の定義が異なります。世界的に見ても、明確な定義は定まっていません。

現時点で市場に出ているMaaSとしては、いろいろな種類の交通機関に関する情報や予約・精算機能を統合するサービスがあります。具体的には、ユーザが電車・バス・タクシーといった交通機関を利用する際、運行情報や価格比較など、さまざまな情報を組み合わせ、一括して最適な経路を案内してくれるサービスです。また、複数の交通機関を利用した際にも、一つのアプリで一括して予約・精算できるサービスも出てきています。

さらに自動運転が普及した未来では、より革新的なサービスが登場します。例えば、ヒトは運転する必要がなくなるため、移動中の車内空間で食事や映画鑑賞などを楽しめるようになります。また、これまではヒトが離れた施設に行かなければサービスを受けられませんでしたが、これからは施設ごと便利な場所へ移動できるようになるでしょう。すると、オフィスやコンビニなどの機能を持った車両が家の前まで来てくれて、簡単にサービスを受けられるようになります。自動運転によって、食品・小売・エンタメ・不動産……など、いろいろな分野を巻き込んだ「自動車の大革命時代」が到来しようとしているのです。

医療領域におけるMaaS

さまざまな分野を巻き込んでいく大革命時代において、特に注目を集めているのが「医療分野」です。日本の医療は、他分野と比べても「高齢化の加速」「医療施設・従事者の不足」「医療費の増加」といった深刻な課題を抱えています。医療領域のMaaS(以下、医療MaaS)には、これらの課題を解決できる可能性があります。

今後、高齢化の加速にともない、自宅にいながら病気を治療する在宅医療や、交通弱者が増えていきます。それにともない、病院や薬局が患者の家の前まで来てくれるサービスが求められるようになるでしょう。ほかにも、病院の統廃合などにより、医療施設が不足してきますし、被災地や僻地における医療環境も問題になります。こうしたことから、車を拠点として医療施設をシェアリングできるサービスが必要になるでしょう。

医療MaaSの実用化に向けて

株式会社フィリップス・ジャパンは、医療MaaSの市場形成・市場拡大を見据えて、医療MaaSに対応してきました。そして、その第一弾として2019年11月、ヘルスケアモビリティを発表しました。

ヘルスケアモビリティ車両

この車両(写真参照)は、ソフトバンク株式会社やトヨタ自動車株式会社などが共同出資したMONET Technologies株式会社(モネ・テクノロジーズ)および長野県伊那市と共同で製作しました。伊那市は、東京23区よりも広い面積を持ち、住民の高齢化や医療従事者の不足が深刻な問題になっています。伊那市はこの車両を用いて、こうした課題の解決を目指していきます。

本サービスは、医療機器などを車内に搭載し、医療従事者との連携によるオンライン診療などができる車両です。看護師が車両で患者の自宅などを訪問することで、車両内のビデオ通話を通して医師が遠隔地から患者を診察できるようにし、看護師が医師の指示に従って検査や必要な処置を行なうことを想定しています。車両は配車プラットフォームと連携しており、効率的なルートで目的地を訪問できます。その結果、これまでは医師と看護師が患者の自宅などを訪問していたのですが、今後は医師は医院にいながら、看護師だけが患者を訪問して診察できるようになります。

ヘルスケアモビリティ車両内。ビデオ通話を通して医師の指示の元、問診・診察ができる

本サービスの主な機能は、次の四つです。

1.スケジュール予約

患者と医師が合意したオンライン診療のスケジュールに応じて、現地(患者の自宅など)に向かう看護師が、スマホアプリから配車の予約を行なえます。

2.診察

心電図モニタ、血糖値測定器、血圧測定器、パルスオキシメータなど、診察に必要な医療機器を車両に搭載しています。

3.オンライン診療

ビデオ通話を通して、医師が患者の問診や看護師の補助による診察を行なえるほか、医師から看護師へ指示を出すことができます。

4.情報共有クラウドシステム

医療従事者間の情報共有を目的に、車両内に設置されたパソコンでカルテの閲覧や訪問記録の入力・管理を行なえます。この多職種連携を実現する情報共有システムには「IIJ電子@連絡帳サービス」を利用します。

本サービスは、実証事業期間(2021年3月末まで)において、地元開業医と連携しながら運用していきます。それ以降は、期間中に実証されたヘルスケアモビリティの価値を踏まえて、地元開業医との連携強化に加え、中核病院との連携を図りながら、事業のモデルケースを確立させるとともに、国内外への展開も視野に入れています。

事業化に向けた今後の取り組み

これから医療MaaS分野では、いろいろな実証事業が展開される見込みです。そして、医療MaaSの有効性が示され、市場が形成されていくでしょう。そうした流れのなか、市場をリードしていくためには、「ビジネスモデルの確立」と「ルールへの対応」が必要になっていきます。

「ビジネスモデル」とは、どのような課題を持った顧客に対して、どのような価値を提供し、課題解決に貢献するかを明確にすることです。そのうえで、誰が出資するかを決定します。これらが明確になっていないと、継続して事業を維持・拡大していけません。

次に「ルールへの対応」ですが、今回ご紹介した医療MaaSは、まだ世の中に市場が形成されておらず、規制や標準ルールなどが整備されていません。そのため、今後、施行される見込みのルールを先読みし、ルールと自社サービスを整合させていかなければなりません。それと同時に、自らルールを作り上げていくことも必要になるでしょう。

医療MaaS分野における市場形成および事業化を進めるとともに、他分野のMaaSとも連携することによって、人々の生活向上につながる「まち」を実現できると考えています。

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※IIJグループ広報誌「IIJ.news vol.156」(2020年2月発行)より転載」