IIJヘルスケア事業への第一歩

IIJは、まったく新しい取り組みとして「ヘルスケア事業」に着手する。この"挑戦"が受け入れられるのはどの分野か?新たに挑むべき領域はどこか?そういった視点から「ヘルスケア事業」を始動した背景を述べてみたい。

このところICT、セキュリティ、モバイル――こういったテーマが連日話題となり、情報産業は経済活動全般における重要テーマとなりました。その一方で社会保障問題に関連した超高齢社会、少子化、医療技術の発展なども、皆さんの大きな関心事になっていることでしょう。これらのトピックを扱う記事も日を追うごとにクロスし、リンクし始めています。今、この分野で何が起こっているのでしょうか?

政府は2015年「日本再興戦略 改訂2015」を発表し、拡大が見込まれる戦略的成長市場のトップに「質の高いヘルスケア産業の創出」を掲げました。その背景にあるのが、世界で一番早く直面している「超高齢社会」への対応であり、キーワードになっているのが「2025年問題」です。

団塊の世代が後期高齢者となる2025年頃、高齢者人口がひとつの山場をむかえるため、そこに向けた対応と準備が急務となっています。超高齢社会では社会保障費の増加に加え、経済活動の低下も懸念されていますが、対応策のなかで大きなカギとなるのがICTだと言われています。

医療情報のIT化

今日、日本の医療の現場ではICTがどのくらい浸透し、活用されているのでしょうか?2016年現在、病院全体における電子カルテの普及率は3割以下で、政府の指針では、この普及率を2020年までに400床以上の病院で9割以上を目指すとしています。電子カルテ導入により、患者の医療情報が時系列で記録・管理可能となる反面、その情報を容易に検索できる病院とそうでない病院との情報格差が生じることが想像されます。電子カルテだけがIT化の手段ではありませんが、複数の病院に通う際、いまだに情報のやり取りには紙やCD-ROMといったオフラインの媒体が主流であり、それらをオンライン化するには依然としてハードルが高いように見えます。

電子カルテに代表される病院施設など拠点の情報化が「点」の話であるなら、「線」であるネットワークの活用はどうでしょうか?医療分野のネットワークは「病院と病院(診療所)」の連携から、「病院と介護」の連携へとテーマが移りつつあります。

地域の医療連携は、急性期病院(いわゆる大病院)と回復期病院との情報流通を促進することで、急性期病院への一極集中を分散させようとしてきました。こうした大きな病院と診療所をつなぐ"病診連携"の強化により、急性期の手術を終えた患者さんのリハビリや長期的なケアが円滑に引き継がれるようになりました。そして現在は、「医療」の現場である病院から「介護」へのスムーズな情報連携が求められています。介護は施設だけでなく、在宅でのケアも増えています。この課題に対応する施策が「地域包括ケアシステム」です。地域包括ケアシステムは継続することに意義があり、コストを抑えながらも、医療情報という機微情報を扱うため、高度なセキュリティにも配慮する必要があります。

「個人」の持つ可能性

ここで、個人のIT環境の変遷に目を転じてみましょう。例えば「電話」では、かつての固定電話に代わって携帯電話が登場して、スマートフォンへと進化し、今やなくてはならない情報端末となりました。

過去と比べて、個人の所有するIT環境は大幅に改善され整ってきました。どこからでもブロードバンドで接続でき、手に入った情報は手元のスマートフォン・アプリケーションからクラウドサービスへと共有され、さまざまな恩恵を享受できます。操作も簡便で、マニュアルがなくても利用できるものも少なくありません。

個人ユーザはインターネット上の情報を閲覧するだけでなく、自身が情報を積極的に発信する時代になりました。ブログや、ツイッター、フェイスブックといったSNSまで、PCだけでなくスマートフォンやタブレットを介して個人ユーザが発信者となり、さらにはスマートフォンが多彩なセンサーを備えて、データを蓄え始めました。個人はネット上にある情報資源にアクセスする立場から、情報資源そのものを提供する立場に転じ、そうした個人の情報をまとめることで、新たな価値が生まれ始めています。それはソーシャルネットワークやシェアという概念として大きな変革を起こそうとしています。

実は、これらの情報資源のなかには多くの健康に関わる情報が含まれています。今後は、個人でマネージメントできる健康増進活動だけでなく、服薬管理などのセルフメディケーションもいっそう拡大していくと見られています。

情報の増加・多様化と医療・健康情報

個人にこうした立場の変化をもたらしたのは、インターネットをベースとしたICTの発展です。過去20年の大きな変革要因としてインターネットの普及を挙げるなら、直近の10年では、個人が持つモバイル・デバイスの発展が大きな変革要因と言えるでしょう。

スマートフォンの進化とともに、各種センサーが登場し、価格も廉価になってきました。通信費も利用シーンに応じてコスト最適化が図られ、次はヒトの通信からモノの通信へと発展を遂げようとしています。この先の10年は、ヒトからモノへの通信に変わることで、情報が多様化し、その活用がより重要になるでしょう。

医療分野でも心電図や血圧などのバイタルサインを、ネットワークを介して遠隔閲覧を可能にする実験が行なわれており、実用段階に入ったものも出てきました。医療機器のなかには直接SIMカードを挿入できるものもあります。

バイタルサインだけでなく画像情報も送ることができ、静止画に加え、ビデオ会議などの発達により、医師が遠隔にいても簡単な診療を行なえる時代がすぐそこまできています。

こうした爆発的ともいえる膨大な情報を収集し、迅速かつ安全に処理するために、かつてはICTへの多額の設備投資が行なわれていましたが、近年は医療情報の収集・処理を担う一端として、クラウドコンピューティングが注目されています。ICTの発展と、医療・ヘルスケアの現場での課題――シーズとニーズがまさにぶつかり合い、新しい利用シーンが生まれようとしているのです。

ただ、医療分野は当局の規制も多く、情報を取り扱うハードルは低いとは言えません。これは国民が安心して健康を守れるよう配慮されているためです。よって、単に廉価なコンピューティングやネットワーク環境ではない、高度な運用レベルやセキュリティ要件が必須となります。IIJは大手企業や金融機関などへの豊富なサービス提供実績を持ち、こうしたガイドラインを遵守するための基盤を構築できる準備が整っています。

「プレーヤー交代」ではなく「ゲームチェンジ」へ

時代の変化はよく「プレーヤー交代論」で語られます。あるプレーヤーが別のプレーヤーに置き換わるという話です。しかし、今回の変化は「ゲームチェンジ」の可能性を孕んでいます。

インターネットが巨大に成長する過程を目の当たりにされた方は多いと思いますが、今、まさに起こっているのは、個人の提供した膨大な情報がオンラインでつながることによる、新しい価値の創成です。個人はもはや能動的・意識的に情報を出さなくても、半自動的に情報を生み出し、蓄積できるようになっています。今後はそれを共有(シェア)するようになるでしょう。

この動きを医療・介護の現場に当てはめると、どうなるでしょうか?これまで医療情報は院内で保管され、患者本人は紙でもらった結果を引き出しのなかに収めておくだけでした。しかし、これからはそうした情報も共有されます。そして各人が受けたいサービスに適した情報が、さまざまな専門職のあいだで共有され、より高いレベルの医療や健康増進の機会が得られるようになると考えられます。

医師、看護師、介護士、薬剤師、ケアマネージャーといった専門スタッフが、共通の情報をもとに患者を見守っていく仕組み。専門職の立場から医師が発信した患者の治療方針、介護、服薬の留意事項を介護士や薬剤師らと共有することで、支援チームの活動が適切に動く仕組み。このような情報の共有・利用環境の整備が求められています。

IIJは、東京大学COI拠点のプロジェクトのひとつ「わすれなびと」に、こうしたニーズに応える技術提供を行なっています。「わすれなびと」は、認知症の方を医師、薬剤師、家族で見守っていくためのコミュニケーション・プラットフォームとして構築されました。IIJが運用するネットワーク、セキュリティ、クラウドコンピューティングの技術をベースとして、データ管理やモバイル環境を組み合わせてSaaS環境として提供しています。

「わすれなびと」の実用化により、患者の服薬状況や認知症の進行状況を、通院することなく記録・把握でき、質の高い認知症のケアが行なわれることが期待されています。さらに、こうした活動で得られた成果や記録情報を有効に利活用し、次の医療現場にも活かせる仕組みづくりを目指していきます。

IIJのイニシアティブを医療・ヘルスケアへ

医療・ヘルスケア分野は、ネットワークの利便性を最大限に高めながら、セキュリティの面では金融機関以上の配慮を要し、コンピューティングリソースは今後の用途拡大を考慮して、クラウド型のスケーラビリティが必要となります。そして、ヒトだけではなくモノもつながり始め、安全で安価なモバイル技術が求められています。これらのニーズはまさにIIJの中核技術であり、今後も発展し続ける分野と重なり合います。

IIJのクラウドサービス「IIJ GIO」は、医療分野で求められるガイドラインをクリアしています。遠隔画像診断サービスに取り組むドクターネットからはこの点が評価され、サービスに必要なシステムを一括で受託・運用しています。またIIJモバイルを活用して、医療情報のバックアップ環境の構築を進めています。これらの実績に加え、より安全に各種ニーズに対応できるプラットフォーム構築も進めています。

前述の「わすれなびと」プロジェクトへの参画を皮切りに、特定疾病への支援だけでなく、今後は地域包括ケアを実現できるクラウド/SaaS環境の提案・提供も開始します。地域包括ケアにおける支援チーム、医師やケアマネージャー、介護士、薬剤師などをひとつにまとめ、一段と高いレベルでの医療・介護の連携をサポートしていきます。

こうした医療・ヘルスケア分野のニーズに応えるとともに、成長し続ける個人が生み出す情報を共有・利活用し、医療分野の専門情報と合わせることで、一方向や単一ではない機能、ナレッジ、体験を提供できる社会基盤を目指します。その活用シーンは単なるデータの加工やレコメンデーションだけでなく、人工知能や新たなコンピューティング技術と合わさった応用環境を提供することで活用意義を広げていきます。

これから日本は、超高齢社会を乗り越えなくてはなりません。そして、それを乗り越えた実績は、世界の他の国々の健康寿命の延伸にも役立つでしょう。IIJの「ヘルスケア事業」は、健康を大切にする営みと同様に、一歩ずつ歩みを進めて参りますので、どうぞご期待ください。

(イラスト/STOMACHACHE.)

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※IIJグループ広報誌「IIJ.news vol.134」(2016年6月発行)より転載