生成AI活用手法と、社内に新しいテクノロジーを持ち込む際の推進のコツとは?イベントレポート(中編)

ITの活用なくして企業の成長を実現することが難しい時代となった昨今。最近では生成AIやノーコード/ローコードツールなど、新しいテクノロジーを取り入れることが企業の変革にとって重要な要素となっています。一方で、組織としてこうした取り組みを誰がどのように推進していくのか、またセキュリティ面の懸念をどう考えるのか、といった課題を抱える企業も多いのではないでしょうか。

こうした課題へのヒントを探るため、2023年12月21日に「社内に最新のテクノロジーを取り込むための情シスの役回り ~推進のコツと社内アプローチの手法とは~」と題したセミナー「IIJ Motivate Seminar」を開催。日清食品ホールディングスでCIOを務める成田敏博氏と、デジタル化を推進する山本達郎氏のお二方に登壇いただきました。

はじめに成田氏より、生成AI活用プロジェクトの概要や情報システム部門の組織体制についてお話いただいた後、山本氏からは生成AI導入後の社内への推進アプローチについて、具体的な取り組み例をお話いただきました。そして最後は視聴者から寄せられた質問に回答するQ&A・トークセッションが展開されました。本記事ではこのセミナーの模様をお届けします。

◇ 本記事は中編です。前編も併せてご覧ください。

目次
  1. 生成AIツールが普及しない。最初の打ち手とは
  2. 遠くのIT部門より、近くの親しい同僚から説明を
  3. 成功事例を横展開し、全社的な生成AIの活用促進を加速させる
  4. 独自フレームワークでプロジェクト成功の再現性を高める

日清食品ホールディングス株式会社 情報企画部 デジタル化推進室 室長
山本 達郎 氏

2006年、日清食品に入社。市販用冷凍食品の営業を担当。2012年より経営戦略部、Business Innovation室にて業務プロセス改革などに従事。2018年にRPAプロジェクトを立ち上げ、全社の業務自動化を主導。2021年にデジタル化推進室を新設し、生成AI・RPA・ローコード開発ツール等のデジタル技術を駆使した業務のデジタル化を推進している。

山本氏:

ここまで、2023年4月25日の「NISSIN AI-chat」公開に至るまでの流れを成田よりご紹介させていただきました。導入後も、全社を巻き込んだ取り組みやシステムの高度化を行うことで飛躍的な生産性向上を実現していきたいと考え、引き続き次のようなテーマを掲げて取り組んでいきました。

  • 導入企業拡大
  • 利用促進/スキル向上
  • 業務活用/効果検証
  • システム高度化

私のパートでは、この内の「業務活用/効果検証」について、深堀りしてお話ししたいと思います。

生成AIツールが普及しない。最初の打ち手とは

山本氏:

「NISSIN AI-chat」のリリース後、我々はいきなり大きな壁に直面しました。国内グループ会社に展開したものの、利用の裾野が広がらないのです。うまく使いこなす社員もいる一方で、多くの社員が「便利なのは分かるが、業務にどう活用すればいいのか分からない」という状況に陥りました。

そこで、まずは一番効果が見込めて影響力が大きい部門で成功事例を作ろうと考え、グループの中で最も社員数が多く影響力が大きい事業会社「日清食品」の営業部門と連携して「セールス活用プロジェクト」を立ち上げました。

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この「セールス活用プロジェクト」は、次の4つのステップで進めていきました。

  1. 研修実施
  2. 対象業務洗い出し
  3. プロンプトテンプレート作成
  4. 効果算出/利用促進

「3. プロンプトテンプレート作成」について、もう少し詳しくご紹介します。これは、対話型AIへの指示文(プロンプト)を営業の業務に則した内容で定型(テンプレート)化するものです。例えば、次に挙げるのは「食べ方のアイデア出し」に関するテンプレートです。営業がクロスマーチャンダイジングを行う際に商品の食べ方を提案することがあり、そのアイデア出しをNISSIN AI-chatに考えてもらうためのプロンプトです。

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セールスの担当者が30個ものアイデアを出そうとすると、それなりの時間がかかってしまうことから、対話型AIを活用することで時間短縮につながります。また、得られた回答をそのまま使うのではなく、回答の中からヒントになるようなものをピックアップして、日清食品らしさを加えて提案するといった使い方を想定しています。

このように指示文を定型化することで、誰が対話型AIを使用しても高いクオリティの回答を得られます。これらのプロンプトは、全国8ブロックの営業拠点から選抜されたプロジェクトメンバーと連携して作成しており、現在、その数は20に及びます。

遠くのIT部門より、近くの親しい同僚から説明を

山本氏:

テンプレートを作成した後は、「4. 効果算出/利用促進」にも力を入れました。ここでのポイントは、よりユーザに近い存在が情報を発信して利用を促進することです。現場から遠い存在である我々IT部門ではなく、全国8ブロックのプロジェクトメンバーに、それぞれのブロックで説明会や定例ミーティングなどを通じて、プロンプトテンプレートの使い方や効果的な活用事例を説明してもらうようにしました。

また、社内報を通じて営業戦略部門長の「NISSIN AI-chatを積極的に活用することで、生産性を向上し、価値創造の時間を増やそう」「現場の声をどんどん上げて欲しい」というメッセージを発信し、現場の声を吸い上げることにも力を入れました。これにあたりIT部門では、NISSIN AI-chatで生成された回答に対する良い点と改善すべき点を、NISSIN AI-chatの画面上から直接フィードバックできる機能を実装し、利用者の声を吸い上げる仕組みを整えました。更に、ここで得たフィードバックを可視化できるアプリをローコードで開発しました。回答内容をもとにAIが自動で「要望」や「回答精度」などいくつかの分類に割り振り、情報を集約するものです。

こうした取り組みによって、営業部門におけるNISSIN AI-chatの月別利用率は、2023年5月の28%から、同年11月には68%まで向上しました。今後もAIなどテクノロジーを積極的に活用することで、社内業務の工数を削減し、お客様のために使う時間を増加させられるよう、営業部門と一緒になって進めていきます。

成功事例を横展開し、全社的な生成AIの活用促進を加速させる

山本氏:

ここまで営業部門における取り組みをご紹介してきましたが、これを全社的な活用推進につなげるべく、営業部門の成功事例を横展開していきました。営業部門と同様のプロジェクトをマーケティング部門でも実施し、その後は希望のあった12部署へと拡大。更にその他の部署でも…というように順次横展開し、その過程で作成されたプロンプトテンプレートを全社向けに公開して、利用を拡大していくというストーリーを描いています。それぞれの業務に則したプロンプトテンプレートは、現在100種類を超えるまでになっています。

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こうした取り組みの結果、プロジェクトを実施した部署のNISSIN AI-chatの月間利用率が向上し、全社における月間利用率も約10%向上しました。営業部門の成功事例が全社的に効果を生み出していることが見て取れますので、このような展開を今後も進めていきたいと考えています。

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この他にも、会社・部門ごとの利用状況や個人ごとの利用状況が一目で確認できるダッシュボードをローコードで開発しています。このダッシュボードを各部門長に共有することで、各部門長は自部門の利用状況を正確に把握することができるので、効率的かつ効果的に利用促進を図ることができます。

独自フレームワークでプロジェクト成功の再現性を高める

山本氏:

ここからは、プロジェクト推進における社内アプローチ手法についてお話していきます。当社では、プロジェクトの成功確率を上げる独自のフレームワークを開発しました。それが「8つの重点領域・39カ条のチェックリスト」です。過去の成功・失敗事例を参考に、新しいテクノロジーの導入を成功に導く方法論を定めたものです。

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新しいテクノロジーの導入を成功に導くために必要な8つの重点領域があり、それぞれの重点領域ごとに洗い出した計39個のチェック項目を紐づけています。更にそのチェック項目は、3段階のランクを設定しており、現状どの程度のレベルにあるのか、スコアをもとに可視化する仕組みになっています。

一例をご紹介すると、例えば生成AIの社内展開にあたっては、8つの重点領域の中で「組織全体の巻き込み」が重要になります。これに紐づくチェック項目には以下のようなものがあります。

  • 巻き込むべき組織・キーマンの分析ができているか
  • 効果的な巻き込み方を考え行動できているか
  • キーマンに対して効果的な説明ができているか
  • キーマンの協力を得ているか

更にそれぞれのチェック項目に対して、活動ランクが設定されています。ここでは「巻き込むべき組織・キーマンの分析ができているか」のランクを図る指標を見ていきます。

  • 巻き込むべき組織・キーマンの分析ができているか
    • ランク1:ランク2に加えて、巻き込むべき組織の慣習と、巻き込むべきキーマンのキャラクターや思考の傾向を把握している(5点)
    • ランク2:巻き込むべき組織とそのキーマンが特定できている(3点)
    • ランク3:分析ができていない(0点)

このようなチェック項目が他にも38個あり、活動ランクをもとにスコアリングをしていきます。

スコアをもとに推進リーダーが自らの活動を改善することで、プロジェクトの成功確率を高めていく。この実践の繰り返しが新しいテクノロジーの導入を加速し、推進リーダーの育成にもつながります。こうした社内改革を、今後も積極的に進めていきたいと考えています。


最後に後編では、視聴者参加型のQ&A・トークセッションの様子をレポートします。