患者・家族参加型の小児在宅医療支援ネットワーク長野しろくまネットワーク

長野県立こども病院では 「電子@連絡帳」と「電子@支援手帳」を連携させた「長野しろくまネットワーク」を運営し、小児在宅医療の拡充に努めている。
ここでは、同ネットワークを最前線で主導されているお二人に話をうかがった。

長野県立こども病院
療育支援部/総合小児科 部長
樋口 司 氏

長野県立こども病院
第4病棟 看護師長
牧内 明子 氏

目次
  1. キッカケはお母さんからの相談
  2. 双方向のやり取りでケアも向上
  3. 母子手帳のような身近なツールに

キッカケはお母さんからの相談

——「長野しろくまネットワーク」を始められた経緯を教えていただけますか。

牧内

長野県立こども病院(以下、こども病院)では、小児在宅医療に力を入れてきました。こども病院は専門病院ですので、地元の医療機関にかかりながら、ここにも通っているお子さんがたくさんいます。従来は、お子さんに関するさまざまな情報は、お母さんを介してやり取りされていました。あるお母さんから「こども病院の先生には『かかりつけ医の先生は何とおっしゃっていますか?』と尋ねられ、かかりつけ医の先生には『こども病院ではどう言われていますか?』と必ず聞かれます。どうにかならないでしょうか?」という相談を受けました。

普通のお母さんが医療の専門的な知識を持っているとは限らないですし、医師に伝える情報としては不足していることもあり、そうしたやり取りは正確な情報伝達という点で問題があると私たちも感じていました。そこで、在宅または地域で適切な医療・介護・療育を受けるためには、患者さん・ご家族と支援者間で正しい情報を共有する仕組みが必要だと考え、平成24年から検討に入りました。そして、平成25年9月に試用を始め、平成26年2月から厚生労働省の小児等在宅医療連携拠点事業として「長野しろくまネットワーク」(以下、しろくまネットワーク)の本格運用を開始しました。その後は県の福祉関連の補助金などを申請して運営を続けています。

——しろくまネットワークを使い始めるにあたって、どんなことを行なうのですか?

牧内
まず、しろくまネットワークを使っていただきたいご家族に用途や仕組みを説明します。次に、患者さんとつながる必要のある支援者・施設を洗い出し、その一つひとつを回って、同じような説明をするのですが、それがかなり大変です。当然、施設や事業所によって温度差があり、すぐにやりたいと言ってくれるところもあれば、そうでないところもあって、何度も足を運んで説明を繰り返します。患者さんとご家族が始めたいと言っても、支援者のネットワークができるまでには、すごく時間がかかります。

——支援者はどういった職種から構成されるのですか?

樋口
こども病院に加え、地域のお医者さん、看護師さん、保健師さん、訪問看護師さん、リハビリ担当者さん、福祉事業所、薬局、学校などです。

——しろくまネットワークを使い始める段階で、支援者の足並みが揃わないこともありますよね?

樋口
最初は揃わないほうが多いので、つながったところからスタートします。患者さんのいちばん身近にいる訪問看護師さんは、事業所長がオーケーしてくれれば始められるので、入ってもらいやすい。ですから、こども病院の担当者と訪問看護師さんだけからスタートすることもあります。

——軌道に乗るまでに相当な労力が必要ですね。

樋口
行政や地域の拠点病院との交渉が大変です。長野県立こども病院は、県のほぼ中央にあり、県内外から患者さんが来るので、各地域の病院とつながる必要があるのですが、そうした病院がセキュリティ面を心配したり、インターネット環境が整っていなかったりして……。
牧内
高齢者の医療・介護は市町村単位で動けますが、小児在宅医療は、行政の枠に収まらない広い範囲をカバーする必要があり、どこが主体になって進めるのかという点がむずかしいです。

双方向のやり取りでケアも向上

——しろくまネットワークを活用するメリットを教えてください。

牧内
例えば、こども病院で当たり前に行なっている姿勢の保持も、在宅医療の現場では「これでいいのかな?」と迷ったりします。そんな時、しろくまネットワークで画像を送ってもらえれば、こちらでもすぐに確認・応答でき、自信を持ってリハビリに取り組んでもらえます。そういうことを重ねているうちに、今度は地域の病院から私たちのほうに「こんなふうにしたいけど、どうですか?」と提案がきたりします。一方的な情報発信だけだと、不安になることもあるのですが、双方向のやり取りになってくれば、「しっかりやってくれているな」と信頼感が増しますし、ケアの質も上がります。
樋口
小児在宅医療を受けているお子さんは、症状や度合いによっては、地域の開業医の先生に診てもらうことがむずかしい場合も多く、地域の中核病院の先生が自ら主治医になって一般的なケアを行ない、こども病院はより専門的な部分をサポートする役割分担になっています。その際、普段から電子@連絡帳で情報を共有していれば、診察時間を有効に活用できますし、支援者全体がそのやり取りを把握することで「顔が見える関係」の構築にも役立ちます。あと、ちょっとした疑問や相談もこういうツールなら「手が空いた時に返事をくれればいい」といった感じで、わりと気軽に投げることができます。

——小児医療の分野でICT活用はどのくらい進んでいるのでしょうか?

樋口
ほとんど進んでいません。小児在宅医療がクローズアップされたのもつい最近ですから。以前は、それぞれの医師が、それぞれの現場で苦労しながらやっていました。ですから、ICTを持ち込む余地は十分あると思うのですが、私が学会で電子@連絡帳・支援手帳について発表しても、あまり食いつきが良くなくて……(笑)。

——ICTが活用されない要因は何でしょうか?

樋口
一つはセキュリティの問題です。もう一つは、電子@連絡帳・支援手帳のようなセキュリティを確保して連携が取れるツールがあること自体、あまり知られていないと思います。もっと知ってもらうために、医師や看護・福祉系の学会などでブースを出して、告知していくといいかもしれませんね。
牧内
運営費用について、皆さん、心配されます。しろくまネットワークは普及を最優先しているため、利用者さんには料金をご負担いただいていないのですが、今後、どのように費用を捻出していくのか、考えないといけないでしょうね。

母子手帳のような身近なツールに

電子@連絡帳・支援手帳に対するご要望などはありますか?

牧内

多くの方が利用するようになると、診療そのものと勘違いして、「医師からすぐに返事が来ない」といった不満が出たり、全ての書き込みに対する答えを医師に求めてしまう……など、利用者のリテラシーに関する問題が出てくる心配はあります。今のところ、こちらが十分説明したうえで、しっかり理解してくださるご家族の方に使っていただいているので、そういった問題は起きていないのですが……。

それから、お母さんがお子さんから少し離れたりする時、例えば、洗濯物を干したり、台所に立っている時でも、お子さんの様子を確認できる機能があれば、助かると思います。ちょっと目を離しているあいだに、アラームが聞こえなかったりして、危険な状況になっているかもしれないので、最新の IoT やセンサの技術と連携してお母さんが安心してほかの作業をできる環境をつくってあげられるといいと思います。

あとは、災害時に、万が一、こどもだけが取り残されたりした時、電子@連絡帳・支援手帳が何らかのかたちでこどもの存在を発信し、誰かがその情報を拾ってくれるような仕組みがあれば、安心です。災害が発生すると、現地の人は自分の身を守ることで精一杯ですから、ほかの地域の人、例えば、県の災害対策本部などが「こういうこどもがこの地域にいるはずだけど、どうなっている?」といったふうに対処してくれるのが理想です。インターネットなら、そういったことができると思うのです。

——「長野しろくまネットワーク」というネーミングは、とても親しみやすいですね。「しろくま」の由来は何ですか?

樋口
こども病院のマスコットキャラクターが「しろくま」なのです。しろくまは哺乳類のなかで、子育てをいちばん熱心にやる動物だそうで、こども病院の初代院長・川勝岳夫先生の発案です。
牧内
将来的にはしろくまネットワークも、お子さん、そしてご家族の成長を記録していく母子手帳のような身近なツールになればいいなと思っています。

——より使いやすいネットワークになるよう、IIJは後継となる「ここのーと」を開発し、長野県立こども病院さんのアドバイスを取り入れた機能拡張を進めています。引き続き、長野しろくまネットワークの発展に寄与できるようサポートさせていただきます。本日はありがとうございました。

特集イラスト/高橋 庸平

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※IIJグループ広報誌「IIJ.news vol.156」(2020年2月発行)より転載」